無麻酔歯石除去を続けた結果の末期歯周病
2023/03/15無麻酔歯石除去を続けた結果の末期歯周病
トイプードルの14歳男の子が、眼の下から出血しているとのことで来られました。体重2.1kgとやせていますが、まだ食欲の極端な低下はないとのことです。
全身麻酔後の口腔内検査では、きわめて重度の歯周病が進行して、自然脱落してしまった歯も多数あるため、犬歯や後臼歯といった大型歯が全部で12本しか残っていない状態でした。犬の永久歯の数は42本なので、なんと30本が自然に抜けてしまったことになります。
歯根の浅い歯ならば自然脱落しても歯肉の自己修復が起こりますが、犬歯や後臼歯は複数の歯根が骨に深く埋まっているので、他の歯のように簡単に脱落せず、周りの骨を破壊しながら口の中に膿を放出し続けます。
詳しい検査の結果、この子は全ての歯を抜歯する必要があると判断されました(全て歯周病ステージ4)。眼の下からの出血は、左上顎の第4前臼歯の歯周病によって、眼の下部の頬骨に感染が生じたためとわかりました。エックス線検査では、下顎が顎骨折を起こしそうなほど、骨が虚弱になっていることも確認されました。手術では残っていた12本の歯をすべて抜歯し、歯肉をきれいに再建して終わりました。
お話を伺うと、数年前から何回か「無麻酔の歯石取り」を受けていたそうです。実はこの「無麻酔の歯石取り」には、とても大きなリスクが潜んでいることをご存じでしょうか。それは「無麻酔の歯石取り」は「見える部分だけをきれいにする(したつもり)だけで、それ以外には一切無関心」ということに尽きます。「健康な歯」というのは、歯そのものだけではなく、歯を支える構造(歯肉・歯槽骨)を含めて健康であることが必要です。
私たち専門医による歯科予防処置では「きれいにする」ことだけじゃなく「歯周病の進行を止める、遅らせる」ことが目標で、多数のステップで歯と歯を囲む構造すべてをきれいにします。「無麻酔の歯石取り」では、スケーラーという手用器具で表側に見えている歯石を取り除くだけで、歯の裏側や歯肉ポケットは放置されます。でも、そこが一番大切な場所です。
さらにスケーラーは刃物の一種であり、わんちゃんが顔を動かしたら、たとえわずかな動きであっても歯肉を傷つけて細菌が侵入し、歯周病の進行に一役買ってしまうという側面もあります。ですので、どんなにおとなしいわんちゃんであっても無麻酔の歯石取りは「受けてはいけない処置」なのです。アメリカ獣医歯科学会や、日本小動物歯科研究会からも注意喚起されていますので、興味のある方はご一読ください。
最終的に口の中に歯が一本もなくなってしまいましたが、この子は骨が破壊され続ける状態から解放されて痛みのない快適な毎日が送れるようになりました。一口に「歯石取り」と言っても、中身はピンキリです。良い処置を受けられるよう、心から願っています。